2008年05月17日
結局わからない
短大時代、Astronomy(天文学)という科目を受講していた。70歳になろうかという、白髪で髭をたくわえた教授の授業が、他の科目と比べ群を抜いて面白かった。こう言っては失礼だが、見かけはいいお爺ちゃんなのだが、好奇心や情熱がそのお年になられても、全くと言っていいほど失われておらず、彼の話を聞いていると、自然に世の中の現象に興味が湧いて来た。
一学期間に、必ず一度か二度、彼の授業はキャンセルになる。その理由は大抵、やれハワイで何十年に一度の日食だか月食が見られるとか、そんな事だった。そしてその観測トリップへ向かう前の週の授業が、彼のテンションも一番盛り上がっていて面白い。まるで子供の様に、いかにこれから観測に向かう天体イベントがsignificant(意義深い)な事であるかを、目をキラキラさせながら熱弁する。
そんなDr.Hurstがある時言った一言が、時折蘇る。宇宙の事を勉強して、理解しようとしていくと、やればやるほど、わからない事がわかる、というのだ。禅問答みたいな言い分だが、ある種、真理の様な気がしてならない。そんな、人間如きに全てを理解しようったって、諸全わかるはずがない。わかる、わかった、なんていう、言わば、錯覚、驕りが人間の様々な過ちを生み出しているきがする。
そんなわけで、「これはこうだ!」などと、あまりにも自身を持って断定的に物を言う人の事を私は信用できない。それよりは「この可能性が高い」くらいに留めて欲しい。世の中「絶対」なんて”絶対”ないんだから。
2008年05月15日
サービス
私が撮影、編集したライブ映像を見た伊原康二さんより、早速メールを頂いた。細かくは書かないが、とにかく気に入って頂けたようだった。「ホッ」と安堵した。
機材等の面で苦労した所を、どうにか気持ちでカバーできたのかもしれない。映像を作って一番嬉しい瞬間は、その映像を喜んで頂けた事が確認できた時だ。
ペンギンフィルムの理想はやはり、お客さんと、こちら、作り手の距離が近い事。規模が大きくなればなるほど、離れていったり、間に第三者、第四者を挟むケースも出てくるが、近ければ近いほどいいと思っている。
インターネットがこれだけ幅をきかせている世の中だからこそ、より人対人の生のコミュニケーションの価値が高いように思う。先日、体調が悪かったので、内科に行った。お医者さんの善し悪しも、もちろん医者としての腕もあるが、入れ替わり立ち替わりやってくる患者さん一人一人に対して、どれだけ注意深く、真剣に耳を傾けられるか、pay attentionしてくれるか、だと思う。
幸い今回初めて訪れた内科の先生は、素晴らしかった。まず目の見開き方が違った。少々大きく見開いて、これから私が言う事を聞き漏らすまい、という姿勢が伝わってくる。そして、こちらが症状を伝えてから、応答するまでの間、じっくり色々な可能性を頭の中でシュミレートしている事が見て取れた。
自分も含め、人は自分の事を真剣に考えてくれる人を、どこかで欲していると思う。通り一遍のマニュアル的な対応では、それは出来ない。世の中、これだけ多様な人々がいるのに、画一的なマニュアルで全て対処できる、と思うのがそもそもの間違いだと思う。一人一人、全然違うニーズに、いかに応えて行くかが、これからのサービスのありかたのポイントではなかろうか。
生まれ変わったら
しばらく前にブログでもご紹介した、ハモンドオルガン奏者の伊原康二さんのライブ映像の編集が、どうにかこうにか完成した。伊原さんは近々アメリカに長期で行かれるとの事で、その前に完成させる為に、最後は少々詰め込んだ。
近しい友人や家族にはいつも漏らしているのだが、私は、生まれ変わったら(もしそんな事が仮にあったら)”ミュージシャン”になりたいと本気で思っている。上記の編集作業でも、気持ちはメンバーの一人である。でも、伊原さんや他のミュージシャンの方の気持ち良さそうな顔が羨ましくてしょうがない。
だから、せめて私が選んだ”映像”の世界を通して、”音楽”を奏でられれば、今生は満足したい。編集していて強く感じるのは、ライブで直に演奏を聞かず、映像を通して聞く場合、編集のタイミング一つでその音楽を生かしも、殺しもする、という事だ。音楽を好きであればこそわかる、切るタイミングがあると思う。
うちの母親は私が幼少の頃、自宅でピアノ教室を開いていた。当然私も彼女のレッスンを受けたのだが、よその子には優しく教える母も、我が子には厳しかった。友だちが公園で野球をしているのに、室内でポロンポロンやっているのが当時の私には耐えられなかった。そんな私のイライラを察知した母は、最終的に私にピアノを教える事を断念した。もし無理強いして音楽そのものを嫌いになったらマズいと思ったのだ。おかげで音楽を嫌いにならずに済んだ。
我が子には是非とも、音楽をして欲しいと思っている。ただ、無理強いは禁物だ。
2008年05月14日
気がつけば。。。
生まれてから37歳と1時間25分が過ぎました。正直なところ、自分がこんな37歳である事は、昔の自分は想像すらしていませんでした。37歳ってこれでいいのだろうか。。。かなり疑問です。
いやいや、そんな事より、ここまで無事生きて来れた事に感謝です。今のご時世、一寸先は闇。おまけに、自分はアメリカ行ったり、アジアを回ったり、いつ何が起こっても不思議はない状況が一杯あったので、凄い事だと思います。
そして、ジョン・レノンが凶弾に倒れた年齢まで後3年。自分に納得のいく人生を送っていきたいものです。
2008年05月12日
となりのととろ
ユウちゃんの去年の誕生プレゼントの一つが「となりのととろ」のDVDだった。嫁も私も大好きな映画だし、当然の如く、彼も以前レンタルして見ていて、とりこになっていたのでそうなった。
ただ、ここの所の家の下の子、オトちゃん(約2才)のトトロへの食いつきようったらない。毎日、毎日、トトロを見ている。ひどい時は日に2、3度見る。おかげで大概のシーンやセリフは覚えてしまった。
参考までに言うと、うちのオトちゃんは、どちらかと言うと飽きっぽい子だ。彼女が読めというから絵本をよく読んであげるが、大抵気づくと別の事をし始めている。
そんなオトちゃんがあれだけハマるのは、ある種、尋常な事ではない。トトロ恐るべし。一見シンプルな映画だが、非常に奥の深い映画だと思う。
以前、現在若手映画監督として活躍する友人が、あの映画に関してこんな事を言っていた。「メイちゃんが小トトロを見つけて追いかけていくシーンで、メイちゃんの目の前を一匹のモンシロチョウが通り過ぎるんだけど、彼女は一切気に留めない。これぞ演出、と思った。」細かい事だけれど、私もそうだと思う。あの蝶のせいでメイちゃんがどれだけトトロに集中しているかが、伝わってくる。
友人の話は一つの例でしかないけれど、あの映画の中の一つ一つの事柄が丁寧に、考えられて構築されている。うちのオトちゃんは当然そんな事わかりゃーしないけれど、でもそんな一つ一つがあるから、やはり彼女はトトロに惹き付けられるんだと思う。子供はほんと正直だから。
ウォーターマン
本日はエコサーファーの堀さんの依頼で、堀さんがライフセイバー(ウォーターマン)の方々向けに講師をされている所を撮影してきました。
皆さん、私の予測を裏切らない、とても爽やかな方々でした。日々自然と触れ合っている人、スポーツをしている人たちは、どうして皆清々しいのでしょう。
私の様に映像をやっている人間とはある種、対極にいる人々です。でもペンギンフィルムは湘南に根ざした活動をしていきたいと思っておりますので、少しでも彼らのように爽やかで、清々しい、映像制作者になっていければ、と思います。(無理かな〜)
2008年05月11日
日がな編集
奥さんが立て込んで来た私に気遣い、子供を連れて午前中から夕方まで外出してくれました。私はと言えば、延々マックとにらめっこ。自宅にいながらにしてエコノミー症候群になる勢いです。
っていうか、メタボ一直線でしょうか。時すでに遅し(by 嫁)映像の仕事ってほんと不健康な仕事です、まったく。動きの差が激しいんですよね。撮影の時は狂ったように走るかと思えば、編集の時はひたすら動かない。ほんと運動せねばまずいです。
こっちは一生懸命頭を悩ませているんですが、奥さんには、大きな子供が遊んでいるようにも見受けられるようです。「なんかファイナルカット(映像編集ソフトの名前)って色々できて面白そうだようね〜」確かに色々できるんですが、色々できるまでが結構大変だったりするんですけどね〜(心のつぶやき)
明日はエコサーファー堀さんから撮影も頼まれていることだし、そろそろ就寝致します。
2008年05月10日
ユウちゃんBD
うちの上の子が、気がつけばなんと5歳になった。早いものだ、あれから5年か〜。妻と結婚してから今まで、とにかくずぅ〜っとバタバタきている感がある。以前占い師の方に、二人の相性を伺ったところ、「加速のかかるカップルです」と言われ、なんか複雑な心境になったのを覚えている。でも、とっても言い得て妙なのも事実。
上の子が生まれた夜など、深夜クタクタになって帰宅した私は、泥の様に眠るつもりが、盲腸炎を発病し、そのまま入院したんです。正直もう加速はいいって思ったものです。
結婚→就職→出産→二人目出産→家購入→退職→独立、この間、約5〜6年。目まぐるしいのもむりはない。どこかでちょっとブレーキかけて、年老いて、棺桶入るまでに人生を充実させたいものだ。
英語にこんな表現がある。
Stop and smell the roses
忙しい毎日から少し立ち止まり、バラの匂いを嗅ぐ余裕を持とう!という事だろう。
心が浮き足立っていると、周りに対しても、ちゃんと向き合えない気がする。せっかく”ご縁”の大切さを学んでいる今日この頃だから、しっかり心にゆとりを持って、人にも接したいものだ。
忙しい毎日から少し立ち止まり、バラの匂いを嗅ぐ余裕を持とう!という事だろう。
2008年05月09日
マイケル・ジョーダン
ネットサーフィンをしていたら、偶然、絶頂期のマイケル・ジョーダンの動画を集めたサイトを見つけてしまった。私が米国に留学していた90年代、マイケル・ジョーダンとシカゴブルズは二度も、3回連続NBAチャンピオンシップ奪還という快挙を成し遂げた。つまり6回優勝したという事だ。この事実とマイケル・ジョーダンのプレーヤーとしての並々ならぬ才能は切り離す事はできない。
留学中、明日が学期末のテストだろうが、論文の提出のデッドラインだろうが、ブルズの試合がある日は熱狂してテレビにかじりついていた。ジョーダンは私のヒーローと言っても過言ではなかった。もちろん彼の”エアジョーダン”と異名を取るほどの、宙を舞うような華麗なプレーにも魅了されていたが、コートを離れたジョーダンが語る言葉の一つ一つが胸に響いた。
彼は多くの優秀なスポーツ選手同様、単に身体能力が優れた人ではない。それ以前に、誰にも負けないメンタルの強さを持った人だと思う。また、彼の立ち居振る舞いは、常に冷静で、多くの子供たちが彼を尊敬して見ている事を理解し、彼らに(大人にも)努力する事の大切さを語っていた。
何年か振りにジョーダンのプレーを見たら、無性にシュートが打ちたくなって、真夜中だと言うのにおもちゃのバスケットゴールにシュートを打ちまくってしまいました。
マイケル・ジョーダン語録
マイケル・ジョーダン動画セレクション
2008年05月08日
同窓会
大学時代、共に映画を学んだ仲間3人と飲む。一人は今もアメリカで照明の技術者として活躍している。もう一人は某大手世界的エンターテイメント企業D社のプロデューサーだ。今日は来れなかったが他にも同様に映画学科で学んだ仲間が皆それぞれのフィールドで活躍している。そんな皆の話を聞くと、自分も負けてはおれぬ、と気合いが入る。
そして大学時代は、本当に貴重な時間だったな〜と思う。仲間同士の映画に出演したり、カメラマンをしたり、ただただ好きな事をしていた。そしてまだ見果てぬ夢を持つ事が十分許されていた。当時はそんな貴重な時間を過ごしている実感はなかったが、なんて贅沢だったんだろう、と今にして思う。よく言う事だけど、いかに自分が恵まれているか、幸せか、という事は、後になってみないとわからないようだ。
年を取ると、そういう事を実感してくるので、今、幸せな時に、その幸せを実感して生きて行きたいと思う。子供たちの可愛らしさも、忙しさや、大変さが勝り、ついつい見逃してしまうが、もっと今しか見れない彼らの素晴らしさを感じられたら、どんなに幸せだろう。でもなかなか難しい。気がつくと怒鳴ってばかりいる自分がいる。まだまだ心の修練が足りないようだ。
2008年05月06日
答えは何処
幼い頃から、自分の求めるもの、答えはどこか遠くにある、と勝手に思っていたような気がする。なので、アメリカへも留学し、アジアを点々としたのかもしれない。
ただ、ある時ふと思った。どこへ行っても、根本的には何も変わらない。答えは与えられない。自分は自分という事以外は。アメリカへ行こうが、日本にいようが、アジアを彷徨っていようが。
そんな当たり前の事がずーっとわかってなかったようだ。
身につまされる話だ。初めて読んだ時、主人公が自分に思えた。近くにある答えを探すために、長い旅をするまずしい男。ただ、その旅は必要なかったか、と言うと必ずしもそうではないと思う。無駄ではなかったと思える人生にしたいものだ。
会社を辞める際、同僚だった方が一冊の本をくれた。「たからもの」という題の絵本だった。絵本の中で、あるまずしい男が夢を見る。夢の中で彼は都の宮殿へたからものを探しに行きなさい、というお告げを受ける。そして長い旅の挙句に、宮殿の衛兵から、たからものは実は彼の家の下に眠っている事を伝えられる。
2008年05月05日
選択する事
何が難しいって、多くの可能性の中から、あえて一つを選ぶ事ほど難しい事はないと思う。同じ物事に対して、簡単に、安易に、何も考えずに選ぶこともできるし、考えて考えて考えて、考えた挙句に一つを選択する事もできる。どちらもありだが、違った未来が待っている。
ウディ・アレンの映画の中で、架空の哲学者が言うセリフがある。"Life is a sum total of all the choices you've made" 「人生とは、全てのあなたの選択を足したものだ」
大学で受講した演劇のクラスで教授が言った。演出家の仕事とは、無限にある演出方法の中から一つを選び、何故それを選んだのか説明する事だ、と。
全ては選択だ、といっても過言ではない。カレーにするかうどんにするか。右へ曲がるか、左へ曲がるか。
人物ドキュメンタリーの面白さも、まさにそこにあると思っている。ある人物がある状況にあって、いったい全体何を考え、最終的に何を選択するのか。これにつきる。人と違う人生を生きる人は、単純に人と違う選択をしているのだと思う。それがいいか悪いかは別にして。
いずれにせよ、悔いのない選択ができれば、それにこしたことはない。
To be or not to be, that is a question.
ゴールデンウィークの思い出
本日、富士山のお膝元にある「富士山こどもの国」まで、知り合いの長尾家の皆様と共に行って参りました。予報通り天気は良かったのですが、我々一家が、まさかの朝寝坊をぶちかましたりした関係で、見事に大渋滞にはまり、行きは茅ヶ崎から彼の地までおよそ6時間もかかってしまいました。あれほどの渋滞にはまったのも久しぶりです。
ですが、着くとそこは子どもの国。大きな空には鯉のぼりの大群がゆらめき、もちろん目前にはドーンと富士山は見えるし、何より、子どもは大はしゃぎ。流石、子どもの国、良かった良かった、さぁ楽しい一日を過ごしましょう、と思うやいなや、遠くから我が子ユウちゃんの巨大な泣き声が!
なんと彼は、いきなり勾配のキツい草と石の坂を、何を思ったか立てに走っていき、見事に立てに回転して転んだそうだ。あまりの突然のあり様に、笑いをこらえる長尾ご夫妻の横で、ワンワン泣きながら血を流すユウちゃん。またか、心の中でつぶやく私がいた。
なんで彼はいつもこうなのか。いっつもこうなのだ。彼は。彼の前歯は一本無い。これも同じ。ある日寝室で調子に乗ってはしゃいでいた彼は勢い余って壁に顔面から激突し歯が取れてしまったのだ。またある時は、私の椅子に乗ってグルグルまわって落っこちて眉毛の横をぶつけて大きく切って血が噴き出した。今でもクッキリその傷が残っている。ほんとに懲りないのだ。親としたら、たまったものではない。
でも幸い大事には至らなかった。相当泣いたが、しばらく抱っこして励ましてあげたら復活した。これも彼の持ち味。気持ちの切り替えは結構早い方だ。おかげでどうにか、その後は特に怪我もなく大いに走り、笑い、汚れて楽しい一日を過ごす事ができた。
帰りもまた、渋滞にはまったが、ワイルド長尾さんの見事なショートカットにより、大分はやく帰宅する事ができました。それにしても凄かった。方や渋滞の坂道、方や(おそらく自衛隊敷地内の)未舗装の道路をパリダカよろしく、砂埃を巻き上げながら疾走する長尾カー。後を追いかけながら、対照的な道路を俯瞰し、快走する爽快感ったらありませんでした。
相変わらずドタバタでしたが楽しい一日でした。
助産界の希望の光
プロバイダーの不具合のおかげで、せっかくの連続投稿記録が途切れてしまいました。インターネットや最新の科学技術、とっても便利になって、さぞ生活が豊かになったと思いきや、意外と逆に不便を被ったり、利用するものに逆に振り回されたりしますね。皮肉です。
話変わって、昨日たまたま近くまで行ったので、我が家二人の子供の出産で大変お世話になった、茅ヶ崎の斎藤助産院を訪れました。それと言うのも、斎藤さんのところが、助産院を新築されたと聞いていたので、ちょっとどんなか、外から拝見しようと思ったのです。
近くと言っても、具体的な場所がわからないので、グルグルまわっていると、バーンと巨大な新築の物件が目に入ってきました。ひょっとして、と思ってよく見ると、玄関の所に過去二回のお産の際にお世話になった助産師さんたちの姿が。先方もどうやら私たちを認識したようなので、おそるおそる伺ってみると、明日引っ越しで、今鍵開いてるから見ていいですよ、との事。
まず建物の大きさ、それから高台に建っている為に建物から臨む山や森の景色に圧倒されます。また中に入ると、壁や床など、多くの場所で漆喰や天然木など、自然素材が使われていて、とても心地よい環境作りがされています。広ーいダイニングには、作り付けの、やはり天然木でできた巨大なダイニングテーブルが。近い将来、たくさんの妊婦さん、成り立てお母さんが、助産婦さん達とニコニコと楽しく食事をする光景が目に浮かびました。
以前の斎藤助産院も、とてもアットホームで、素晴らしい”気”が流れている空間に感じましたが、新生斎藤助産院は、きっとさらにグレードアップして、湘南の助産界、いやいや、神奈川県、日本の現在かなり問題視されている出産の現状に、一筋の光となるのではないでしょうか。少子化やお産の危機が叫ばれる世の中にあって、あえてあの様な素晴らしい助産院を新築された斎藤先生の、「お産をなめたらあかんぜよ!」という心意気を感じずにはおれませんでした。
斎藤助産院
2008年05月02日
ご縁again
本日、「ご縁塾」プロモーションの撮影をして参りました。お話を下さった鈴木さんと共に、高田馬場駅周辺を街頭インタビューして回った時の事。ズラッと並んだタクシーの行列の中からお一人を選んで、「あなたにとってご縁とは」と聞くと、凄い答えが帰ってきました。
なんとその五十がらみの運転手さん、つい昨年、乗客として乗り合わせた24歳年下のお客さんとご結婚されたそうです。これを縁と呼ばずしてなんと呼ぶ。もう結婚して半年たつけど、お陰様で毎日仲良く幸せに暮らしてるよ、との事。数あるタクシーの中から一台を選んで聞いた話がそれっていうのも凄くないですか?
かくいう私も、奥さんとはベトナムをバックパックを背負ってフラフラしてる時にたまたま出会ったわけで。あの時ベトナムじゃなくて別のとこフラフラしてた可能性も十分あったので、それを思うと不思議でなりません。いずれにしてもどこかをフラフラはしてたんですけどね。
デビット・リンチの「ブルーベルベット」って不思議な映画の中で、繰り返し主人公が言う台詞があります。
It's a strange world, isn't it? (世の中ってほんと不思議だよね、そう思わない?)
